YASIMA's Brand spirit - Ryuichi Yagi Interview-

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1909年の創業時よりネクタイを中心に、ネックウェアに携わってきた八木商店。ネクタイやストールの生産を中心に、100年という長きにわたり愛されてきた日本のメーカーが、日本の伝統技「印伝」を用いた新たなブランドとしてYASIMAを立ち上げた。

次の100年に向けた”もの” づくりの姿勢として、打ち出された"YASIMA"。
四代目社長、八木 龍一(以後、八木)のものづくりに対する、これまで、そして今後の新しいチャレンジと想いを紐解く。

とにかく、新しいチャレンジが好きな一族だった。
初代から脈々とつながる、新しいものづくりのマインド

YASIMAを語る前に、まずは八木商店の歴史とこれまでについて、八木の口から紐解かれる。初代 八木 勇次郎(以後、初代・八木)がネクタイメーカーとして創業した八木商店。1909年、明治44年というと、日本はまだまだ着物文化が根強く、着物生産も非常に盛んだった時代。

<手元に残る、初代 八木 勇次郎の写真と、熱海でのネクタイの販売会>

1900年初頭の日本では、西洋文化の影響を受けてネクタイをつける文化は存在していたが、普及の度合いは都市部や特定の社会層に限られていた。日本のネクタイ史を紐解くと、古い文献には初代・八木の名前は確かに残っており、その普及に一役買っていたことは明らかだという。ネクタイを着用する文化は、大正時代〜昭和時代にようやく一般的なアイテムとなる。が、しかし、初代・八木がネクタイ事業を始める頃より、かなり後の話である。

「八木 勇次郎がなぜネクタイに目をつけ、起業したのかはわからない。好奇心が強くチャレンジする事が好きな一族なんです。」

思いおこせば3代目も京都西陣の機屋を買い取りネクタイ用の工場を作り、滋賀県の近江今津にネクタイ縫製工場を立ち上げていた。自分自身を振り返った時にも好奇心が強く、新しいもが好き。そんな性格は代々八木一族の根底にあるものだったのでは、と振り返る。

八木は、先人の、先見の明と好奇心をマインドに想いを巡らせ、自身のアイデンティティにも確かにつながる"何か"を感じている。

質の良いものづくりを継続するために。
海外ブランド、そして才能あふれるデザイナーとの出会い。

三代目と実家の家業を手伝うことになった八木。当時はネクタイ需要は国内でも非常に高まっていた。そんな時代のあおりもあってか、八木商店は薄利多売に舵を取り、信じられない安さで、ネクタイを卸していた。

「当時、自分の好きなネクタイが、八木商店には一本もなかった。」

ネクタイはそもそも、礼儀と品性、そして自己を表現するフォーマルなファッションアイテム。もっと質の良いものづくりを行うために、自分は一体何ができるのか。八木は自身のファッション感度と先見性を頼りに、八木商店における、ネクタイ事業のあり方を自身に問うた。

"marie claire"とのライセンス契約、そして"タケオ キクチ"、"ジュンコシマダ"と ネクタイ制作へ。

自身が手に取りたくなるような素晴らしい品質のネクタイ。そのためには品質に協業相手との取り組みが必要不可欠と考えた、八木。

これまでの量産体制ではなく、クオリティをしっかりと受け止めてくれるブランドとのライセンス契約に乗り出した。最初の出会いは、1937年創刊のフランスを代表する女性誌「marie claire」の名前を掲げるブランド"marie claire"のネクタイにおけるライセンス契約であった。すでにファッション小物が売れていた"marie claire"。良質なネクタイは、程なくして百貨店の顧客から、ギフトなどの贈答品として受け入れられた。

自身が目指す品質の高いネクタイ制作は、やがて、国内外で活躍する"タケオ キクチ","ジュンコシマダ"とのライセンス契約を結び、八木商店の目指す品質の高い商品の画一に成功する。

しかし、ネクタイのものづくりは、”クール・ビズ”という、日本政府が声高に掲げたカジュアルなビジネススタイルによって風向きがかわっていく。ネクタイ需要が急速に減衰化する中で、ネクタイ製造だけではない、新しいものづくりの一手としてなにか無いだろうか。そこで、八木は日本のある美しい伝統技法に目をつけることになる。

”印伝”との出会い、そして、"YASIMA"の立ち上げ。

新しいものとの出会いは、いつも足で稼ぎ、感じる。八木は百貨店でふと目にする、”印伝”の技法に目を奪われることになる。鹿革に日本の古典的な模様を漆で施した、印伝技法を施した巾着等の小物たち。ツヤツヤと品よく艶めく印伝は八木を魅了した。

「ネクタイパターンを使って漆を乗せること。これは新しいプロダクトが作れるのではないか。」

これまでのネクタイ事業で培った、国内の職人たちとのものづくりにおけるワークフロー。印伝を使った、メイドインジャパンのものづくりにおける素晴らしさは世界でも通じる、そう確信した八木。八木商店だからこそできる、唯一無二のプロダクトの開発に着手した。

<YASIMA初のパターン、「ICONIC」はネクタイのスワッチアーカイブからの着想。>

これまで自身がコレクションしていたネクタイのスワッチアーカイブを用いて、YASIMA初の印伝柄のパターンを考案した。透き通るような真っ白の鹿革に、テキスタイルから着想してつくった柄で漆を乗せるという試みは、漆作家にとっても初体験。最初はなかなか自身の目指すクオリティに至らず、試行錯誤の連続だったが、出来上がったそれは、これまでの日本工芸品にはないモダンさを感じたという。

そして、この挑戦は、さらなる新しいものづくり、絹(シルク)× 漆へ繋がっていく。

YASIMAプロダクトのアートとしての魅力。

シルクのテキスタイルに漆でパターンを載せる。型破りな表現。高密度の織機からつくられる織物は、繊細な柄、多彩な色目を再現することができる。そこに漆をあわせることで、アート性も併せ持つプロダクトに昇華するのではないか。八木はそんな可能性を感じる中、日本文化を愛するオランダ人のテキスタイルデザイナーMae Engelgeer メイ・エンゲルギール氏と、京都で出会うことになる。

<新しいものづくりに向け、ディスカッションをする八木龍一とメイ・エンゲルギール氏。
書棚には、100年以上前に作られたオールドスワッチのブックが立ち並ぶ。>

すでにオランダのアムステルダム空港等、様々な空間のテキスタイルデザインで、アートワークを提供するメイ・エンゲルギール氏。オランダの地で培ったテキスタイルデザイナーとしての感性と、YASIMAのテキスタイル技法が結びつく。

<Above are tapestries of the patterns made in collaboration with Mae Engelgeer.Urushi lacquer gleams elegantly from where it is detailed onto its silk canvas.
メイ・エンゲルギール氏と制作した新しいパターンで作った表装。織物に対して、絶妙な位置に施された漆が品よく艶めいている。>

明日生まれる、日本の伝統。
これから100年先も続く、YASIMAとしてのストーリーを。

シルクに漆が乗る。これまでにない型破りで唯一無二の技法とプロダクトに、八木は伝統技法とクリエイターがもたらす"未来"についての時間軸を跳躍した物語性・可能性を感じているという。

YASIMAの目指すプロダクトは、伝統工芸は使いつつも、それは古くない、新しいモダンさとアート性を兼ね備えたプロダクトで無くてはいけない、そう力説する八木。

ネクタイシルクを製造する織物職人たち、印伝職人たち・・・。様々な高いスペシャリティを持つ彼らを急かすこと無く、しかし、良いクオリティになるまで、向き合うことをやめない。

そんなYASIMAの高いものづくりへのこだわりは、この先100年続くストーリーの始まりに過ぎない。八木は、メイ・エンゲルギール氏と作った新しいプロダクトを手に、そして、その枠にとらわれない新しい感性とともに、また新しい物語を綴ろうとしている。

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